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 今年(2011)も、生長の家の日めくり『ひかりの言葉』(平成24年版)が9月に発売になりました。『ひかりの言葉』は、毎年多勢のファンの方々が楽しみに待っていて下さり、大変ありがたく思います。

 平成24年版も、生長の家総裁谷口雅宣先生、谷口清超先生、谷口雅春先生の三先生のご著書から選ばれた真理の言葉が31日間にわたって掲載されています。

 また、表紙は谷口清超先生が生前撮られたお写真の中から選ばせていただきました。今年は、平成6年8月、「生長の家宇治別格本山」内の智泉荘にて撮影されたものです。苔むした庭と乾いた土道を光と影のコントラストが美しく、写しだされています。

 今回の揮毫は、村瀬萩香(むらせ・しゅうこう)先生にお願いしました。
 先生は、長年書道教室を開かれ、大人や子どもたちに教えておられるそうです。
 
来年度の揮毫依頼のためお会いした時、「私は、子どもたちに時々お手本として『ひかりの言葉』」を書いてもらうんです。子どもだから難しいということはないんです。真理の言葉ですから、意味は分からなくても子どもたちは真剣に書きますよ」というお話をされました。

 それは是非拝見したいと思い、あじさいの美しい季節、書道教室におじゃましました。教室の近くまで行くと、子どもたちの元気な声が外まで聞こえてきました。その日は、小学校3年生位〜中学1年生位までの生徒さんたちが6、7人集まって練習していました。その風景をご覧下さい

  

 生徒さんたちが『ひかりの言葉』の揮毫をお手本に書いているのを見ながら、難しいのではと思いましたが、真理の言葉を一筆一筆丁寧に黙々と書く子どもや、サラサラと半紙に筆を走らせる子どもなど、伸び伸びと楽しそうに筆を運びながら、先生に赤丸を頂いていました。こんな風に、生長の家の『ひかりの言葉』が活用されているのを見ると、ちょっと感動でした。

 ところで、なぜ『ひかりの言葉』をお手本にするようになったのか、そのきっかけをお聞きしました。ある日、先生は「飛田給道場」(生長の家の練成道場)にいったところ、谷口雅春先生の書「神は唯与う」を拝見して、言葉の偉大さと、字から受ける霊気を感じ、その時の感激はひとしおだったそうです。すでに書の師範でおられたそうですが、その時『甘露の法雨』の写経書道をしようとふと心に思い写経手本を作ることを決心されて、様々なご苦労をクリアしながら「写経書道会」が誕生して、今にいたっておられるそうです。
 
「『ひかりの言葉』は真理の言葉が凝縮されたすばらしい日めくりです。御三先生の言葉の揮毫を書かせていただけるのは大変有難いことです。」にこやかに語る先生のお話には、並々ならぬ写経書道への熱意が伝わってきました。
 
 子どもたちは、書道を終えると元気な声で、「先生、さようなら。先生、ありがとうございました」とそれぞれに帰っていき、私も生徒さんたちの声に促されるように、教室を後にしました。(TH)

朝は ふしぎなひととき
光が
小さな宝石をきらめかし
神々の
囁きがあふれる
わたしは
耳をすまして
この神秘な音楽をきく
(「朝顔」より)

新刊『詩集 光の四季』(日本教文社刊)の著者で、生長の家長老であり詩人である渋谷晴雄先生をお訪ねしたのは、昨年(2010)10月初めのことでした。

先生は生長の家ラテン・アメリカ教化総長としてブラジルに10年おられたあと、帰国されて故郷・宮城県加美郡の森の中に居をかまえ、そこに10年近く住んでおられます。

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87歳になられたばかりの先生はたいへんお元気で、いまも新作の詩を書き続けておられ、今回の詩集でもできたばかりの詩が収められています(「あじさい」「むらさきつゆくさ」など)。

本書は、前作の詩集『光の楽譜』(日本教文社刊)やそれ以前の2冊の詩集に未収録のたくさんの詩から、89編が6つのテーマ別に編成されています。

「開花」の章は、花、山と森、水、郷里の情景など自然をうたった詩をたくさん集めてあります。単なる自然描写でなく、自然の中に自分のこころが入っていき、自然と自分が互いの境界を超えたひとつのいのちになっている、その不思議な境地がみずみずしく描かれています。

「合掌」の章は、著者が生長の家の活動の中で出会った多くの人々と分かち合った感動的体験をうたった詩を収録。とくに、生長の家創始者・谷口雅春先生ご夫妻の思い出をつづった「熱帯魚」という詩がすばらしいです。

「光の国から」の章は、著者が生長の家駐在本部講師そして教化総長として滞在された、ハワイとブラジルの光あふれる情景の詩。

「聖家族」の章は、家族との日常のひとときを描く、静かな幸福感にみちた詩。

「四季」の章は、自然にかんする詩を集めたふたつ目のパートで、春夏秋冬の自然の情景を見つめる著者の清冽なまなざしに、心洗われる思いがします。「秋5」「銀河」など、数行の短い詩のなかに、思わず空を見上げたくなるような大きな世界が広がります。

最後の章「こころに映るもの」は、日常の情景のうちに著者の折々の感興が水彩画のようにスケッチされた、詩集の中の小さな詩集というか街の中の画廊のようなパートです。
ラストの詩「旅の日に」は、著者が19歳のときに同人誌に投稿して初めて活字となった、詩作の出発点となった詩です。
「はるか なだらかな牧場がつづいて/とおく 山脈は地平に睡り/ほのぼのと 明るい白雲が浮かんでいる」
 渋谷先生の心はいまも、この光あふれる情景の中を旅しています。

第二部はエッセイ「詩作の世界へ」。
前半の「詩作者としての私」では、渋谷先生の生い立ち、若き日の生長の家の教えとの出会い、詩人になるまで、そして数々の詩の精神的基盤となっている、自然との神秘的な合一体験が語られます。
後半の「詩をつくる人々のために」では、本書を読んで、自分も詩を書いてみたくなったと思われた読者の方々のために、詩作をこころざす人への多くのアドバイスが語られます。

詩を書くことは、この世界の美しさに心の目を向け、それをことばで表現することであり、それは私たちの毎日の生活を美しくしてくれます。

ぜひ本書のなかの詩の世界に触れて、読者のみなさまが、身のまわりの世界の「ほんとうの美しさ」に気づき、その真・善・美をみずから表現してくださることを願っています。(UREURE)


PS. 渋谷先生のお宅の前庭に落ちていたどんぐり。宮城の森の思い出です。

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今年も、生長の家の日めくり『ひかりの言葉』(平成23年版)が好評発売になりました。
おかげ様で、『ひかりの言葉』は、毎年多勢のファンの方々が楽しみに待っていてくださいます。ありがとうございます。

平成23年版も、生長の家総裁谷口雅宣先生、谷口清超先生、谷口雅春先生の三先生のご著書から選ばれた真理の言葉が31日間にわたって掲載されています。
また、表紙は谷口清超先生が生前撮られたお写真の中から選ばせていただきました。
膨大な数のポジがあり、あれもステキ、これもステキと選び過ぎて絞るのに大変でした。でも、大変楽しい時間でした。表紙を見ていますと、小さなバラの花がポッと明かりを灯しているようで、温かさが伝わってくるようです。

さて、今回は、主文の揮毫について少しお話しさせていただきます。
通常、主文が決まり次第、書家の先生にお届けします。揮毫は、書家の先生にお願いしてから、3カ月程で上がってきます。(今回は1.5カ月程でした)主文の一言一句、ルビまでも間違いのないように書くのは大変なご苦労があるようです。

今回、揮毫を担当していただいた村上秀竹先生曰く、
「日訓の揮毫は真理の言葉ですから、和歌や漢詩を書くときとは少し違います。何度も何度も書きながら反復します。1回より10回、10回より100回と、何度も何度も書くことにより文字の線が深くなりしっかりしてきます。そういう作業を繰り返すことによって、ハッとする言葉(とき)が必ずある、その時、気持ちが入り心が澄んで来て、一気呵成に書くんです」

何日かに分けては書かないそうです。

先生曰く、
「リズムが変わり、別の字になってしまう、墨の濃度も変わってしまいますから」

それにしても31日分を一気に書かれるのは大変な集中力です。

そうして、和紙に書かれた揮毫が編集部に届きます。
緩急のある筆の運び、かすれ加減、墨の色合いなど、和紙に書かれた揮毫は美しいです。
揮毫を一枚一枚拝見していると、こちらの気持ちも引き締まります。
こうして、様々な制作過程を経て日めくりの型が調って来ます。
長年、このスタイルで愛され続けている『ひかりの言葉』ですが、多勢の読者の皆様が、様々な場所でご活用下さっていると思いますと、あらためて『ひかりの言葉』の編集に携われることをありがたく思います。
最後になりましたが、平成23年版『ひかりの言葉』7日のお言葉を紹介します。

7日 (主文)
人間の肉体は、まさに自然界の“作品”であり“恩恵”である

(脇文)
人間の肉体は、まさに自然界の“作品”であり“恩恵”そのものと言わなければならないのである。(中略)私たちは「生きている」のではなく、すべての生物に支えられ、その恩恵によって「生かされている」のである。だから私も、万物を生かすことに喜びを感じるのである。(谷口雅宣著『日々の祈り』より)

なお、『ひかりの言葉』には、例年通り一般用の他に、主文の英訳を載せた「英文入り」や、ご注文により会社名や団体名を刷り込む「商号入り」もあり、年末年始の贈答等にご活用いただけます。詳しくはこちらから。予約も承っております。(TH)

4月(2010年)の新刊『いのちを描く:わが「光の芸術」への道』(発行・生長の家、発売・日本教文社)の著者で、洋画家の遊馬正(あそま・ただし)先生の、岩槻にあるアトリエにお邪魔しました。

遊馬先生は40歳近くになってから単身アメリカに渡って苦労のすえに画家としてのキャリアをスタートし、96年に73歳で帰国されてからもその画業は衰えを知らないどころかますます深まりました。
現代の印象派とも言うべき、色彩があふれだすような独自の風景画は、まずアメリカで成功し、日本でも多くの愛好者をもっています。

先生はいま87歳でいらっしゃいますが、現在も超お元気な現役の画家で、なんと来年には(!)米寿を記念した三越での個展の話が決まっており、新作の制作に日々打ち込んでおられます。

私はこの本では、インタビュー起こしや年譜の整理をお手伝いしました。絵が大好きな自分ですが、ベテラン画家さんのアトリエを訪問した経験は初めてで興味津々でした。

アトリエに入ってまず目に入るのが、正面の壁に作りつけられた大〜きなイーゼルと制作中の新しい絵。その上には、2本の筆と、生長の家の聖経と、みずから書かれた信条のことばが掲げられています。

2本の筆は、恩師・寺内萬治郎氏(1890-1964)愛用の筆だそうです。

寺内氏は『生命の實相』の愛読者で、遊馬先生が学校の先生を辞めて34歳でパリ留学したとき、またその後アメリカに渡ってから一時帰国をへて、ふたたびアメリカで画家として立つべく再渡航を決意されたさいに精神的な支えとなった方です。

その寺内氏からパリ留学に際してもらった言葉が、「日々に進まざれば日々に退く」。

遊馬先生はつい最近まで、これは画業への精進についてのアドバイスの言葉だと思っておられたそうですが、「そうじゃあなかったんだなあ。絵のことだけじゃないんだということが、今になって分かった」と、人生のすべての面において「進む」ということの意味を今、味わっているというお話が印象的でした。

さらにもう二つの、先生の座右の銘。

「吾(われ)心をむなしくして神の御心にしたがい奉る 神の御心を吾に現わしめ給え」
(谷口雅春先生著『詳説 神想観』より)

「発奮して食を忘れ 楽しみて以て憂いを忘れ 老いのまさに至らんとするを知らず」

先生のパレットの上に山脈のように盛り上げられた鮮やかな絵の具、きれいに洗われて整頓された無数の絵筆。すべてが生き生きとして、いのちを持っているかのようです。

今回の本を読み、先生の作品とアトリエをじかに拝見して、歩んでこられた人生の深みがまぎれもなく絵の深みと輝きに反映しているという理想的な境地を目の当たりにし、先生の絵がとても好きになりました。

『いのちを描く』には、遊馬先生の波瀾万丈の半生、四季の自然の彩りを見つめてきた先生の絵画論・色彩論、そして人生と信仰と画業とのかかわりが三部構成で書かれています。また本書には20ページ分のカラー口絵で、先生の代表作が多数紹介されています。

自然のいのちの光と輝きをキャンバスの上にしるして来られた、生長の家の「日時計主義」の芸術的実践者ともいえる遊馬先生の世界にぜひ触れていただきたいと思います。

* *

そして、この本が出来上がるまでに多大な尽力をされ、この3月末に急逝された、日本教文社・第二編集部の辻信行部長に感謝いたします。一緒に本をアトリエにお届けできなかったのが残念ですが、きっと辻部長は一緒にその場にいて、出来上がった本のページをめくって喜んでくださっていたと思います。(UREURE)

世の中って、いま不景気な話が蔓延していますね。でも私は、自分の周りには毎日良いことばかりがあるなあ、とハッピーな感じをもっています。(なんともめでたい人!?)

日本人は昔から言葉には言霊が宿っていると考えていたようですが、私も言葉には実現力があると思っています。心理学でも、明るいことを思えば、明るくなるということは実証されていますし、人との間でも、相手の美点を見つけて、話するとうまく行くということも、よく経験することです。なので、ブログを書くときも、良いことを見つけて言葉にして書くようにしたいと密かに思っています。

そういうわけで日ごろより、ネットでもそのようなことが気兼ねなくできるサービスがあると良いなあと思っていました。実はそれができるサービスがこのたびでき、そのサービスに参加しているうちに毎日が自然とハッピーになってきているのです。

そのサービスは「postingjoy〈ポステング・ジョイ〉」(運営、生長の家) というSNSなのです。

この特徴は、「よろこびの投稿SNS」とあるように、生活の中で見つけた「よろこびの記事」のみが投稿できるところです。

たとえば、毎日のうれしかった出来事を「今日のジョイ」として日記のように投稿できます。また、「コミュニティ」では、共通の趣味や関心をもった人々が集える10通りの場が用意されています。(音楽、よろこび日記、絵手紙・絵封筒、ノーミート料理、植樹・植林、エコ生活、俳句、短歌、写真、イラスト)

他のSNSと違うのは、なんといっても、毎日ここを訪れることで、多くの人々の幸せな記事が読めること。ともすれば暗いニュースばかりに焦点を当てている通常のニュース記事や、残念ながら読み手を不快にさせるような「日記」とは違い、「postingjoy」で皆さんのジョイを読むと、

「こんなご時世でも。人間まだまだそんなに捨てたものではないなあ」
「楽しいことって意外に身近に、毎日あるものなんだ」

ということに気づかされます。

いかがでしょうか。ぜひ皆様も参加されませんか。誰でも簡単な登録だけで参加できます。

さらに、特典をご紹介すると、このSNSは、生長の家の新しい月刊誌「いのちの環」「白鳩」「日時計24」とも連動しており、皆さんの投稿の中から記事や作品を選び、これらの月刊誌の投稿コーナーに載るようにもなっています。

ちなみに私ことUREUREもすでに「ジョイ」と、「写真」「音楽」「エコ生活」のコミュに入ってときどき出没しておりますので、コメントいただけたら嬉しいです。
「postingjoy」では、日記や投稿を読んでくださった方々からのレスポンスが非常に早く、一度でも投稿したら、毎日見に行くのが楽しみになります。(UREURE)

 平成21年も小社は、お蔭様で数々の有意義な出版物を刊行・発売させていただくことができました。それぞれの刊行物に多くの読者の方々からのご好評をいただき、うれしく存じます。

●1月には、地球環境の大切さと生命の一体性を訴える書として、翻訳書『樹木たちはこう語る』(ドロシー・マクレーン著、山川紘矢・亜希子訳)が刊行されました。

●3月には、生長の家の総裁法燈継承をされた谷口雅宣先生の随筆集『目覚むる心地』が刊行され(生長の家発行/日本教文社発売)、また同月に生長の家白鳩会総裁に就任された谷口純子先生の随筆集『突然の恋』が、4月に刊行されました。

●8月には、生長の家前総裁・谷口清超先生のご遺徳を偲ぶ写真集『真・善・美を生きて―故 谷口清超先生追悼グラフ』(監修・宗教法人「生長の家」出版・広報部)が刊行されました。こちらは立ち読み版も作成致しましたのでどうぞご覧下さい。

●10月下旬には、平成22年版の日訓『ひかりの言葉』が発売となりました生長の家総裁・谷口雅宣先生の主文・脇文が新たに加わったことで、「日時計主義」を中心とした生長の家の新時代にふさわしい内容となりました。

●2010年1月中旬には、『パクス・ガイアへの道』(トマス・ベリー著/メアリー・エヴリン・タッカー編/浅田仁子訳)を発売します。これからの時代を「パクス・ガイア」の時代として捉えた、文化史、科学史、比較宗教学における該博な知識で知られる米国の長老格の学者トマス・ベリーの、環境問題に関する論文と講演録からなるエッセイ集です。ご期待下さい。

●2010年4月には月刊誌が3誌(総合誌『いのちの環』[25歳以上の男女対象]、女性誌『白鳩』[25歳以上の女性対象]、青年誌『日時計24』[24歳以下の新社会人や学生対象])にリニューアルされることとなり、先行して11月には見本誌を発行し、同時に電子版も発行致しました。

 編集部一同、来年も今年にまして、読者の皆様に喜んでいただける光明図書を世に送り出したいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。(ureuredo) 

 私は昨年(2008)、日本教文社で書籍編集長の重責を担わせていただいたばかりで、この伝統ある生長の家日訓『ひかりの言葉』の制作・編集に従事するのは、まだ二回目ですが、今回の22年版は特に深い感慨をもって携わらせて頂いています。というのは、二つの理由からです。

 まず、平成22年版は、本年(2009年)3月法燈を継承された生長の家総裁谷口雅宣先生の主文・脇文が新たに加わったことです。谷口雅春先生のお言葉が盛られた『光明生活の日訓』に始まり、谷口清超先生のお言葉が加わり、今回谷口雅宣先生のお言葉が入り、文字通り新時代の「日訓」元年であることが一つの理由です。 たとえば、2日の言葉を見てみます。

(主文)
日時計主義は実相顕現の運動である

(脇文)
日時計主義は人生の光明面を見る生き方です。(中略)「与えられていること」「恵まれていること」「生きていること」を感じ、感謝することです。これは「もったいない」に通じる精神であると同時に、善一元の信仰にもとづき、現象世界に実相を引き出す具体的実践でもあります。(谷口雅宣著『小閑雑感』Part12より)

 このように今の生長の家の運動のポイントがズバリ示されていて、個人の日常生活の中で元気をもらえるのはもちろん、日々の光明化運動を進める上でも勇気を与えてくれます。真理のエッセンスを三十一日分に精選した日めくり式〃日訓〃として、また、壁掛け型日訓のパイオニアとして発刊以来長きにわたって多くのご家庭で親しまれ、明るく希望に満ちた毎日を送るために、仕事場や家族のあつまるリビングなど、いつでも誰もが見られる所に掛けてご活用いただいてきた日訓が、さらにパワーアップしたというのが、編集に携わった者の実感なのです。

 もう一つの理由は個人的な理由です。蛇足をおゆるし願って少し聞いて下さい。実は私は、親が生長の家信徒だったので、小さい頃からみ教えの中で育ちました。生長の家の月刊誌や聖典が身近かにあったおかげで、幸せに生きて来られたと思っていました。もちろんその通りなのですが、今回あらためて気がついたことがあります。この生長の家の日めくりが、もの心つく頃からいつもそばにあったということです。朝起きて眺め、学校から帰って眺め、夜寝る前に眺めながら育ったということに思い到ったのです。空気の存在に気づいて、吃驚して感謝措(お)く能(あた)わずといった感慨です。

 生長の家の「日訓」とは、そのようなもの。来年もぜひよろしくお願いいたします。

 ちなみに、『ひかりの言葉』には、例年通り一般用の他に、主文の英訳を載せた「英文入り」や、商号を入れて、年末年始の贈答等にご活用いただけます。詳しくはこちらから。予約も承っております。発売2009年10月下旬です。(TJ)

今月(2009.08)20日刊の『真・善・美を生きて――故 谷口清超先生追悼グラフ』、お目見えは先生の新盆にもあたる生長の家宇治別格本山盂蘭盆供養大祭でしたが、その後、多くのご注文とご好評をいただき、早くも重版が決定いたしました。ありがとうございます。

制作担当として、デザイナーさんともども、がんばった甲斐がありました。

本書は昨年のクリスマス頃に企画され、1月と2月は写真などの材料集めや文章選び、2月末に最初の構成案・レイアウト案ができ、それからは新発見の材料や、さまざまな方面からいただいた提案を盛り込んで再構成→再レイアウト、校正・校閲と、1ページ1ページ形になっていきました。

最初は、編集部長自身による見開きページごとの鉛筆スケッチの束から始まり、今、現物を手にして、感無量のものがあります。

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今回は、先生のご自宅から80冊以上の貴重なアルバムをお借りし、また、生長の家本部や、総本山の温故資料館からも数多くの写真資料や、先生直筆のお原稿などをご提供いただき、多くの読者の方が、おそらく今回初めて目にされる内容を盛り込むことができました。

実際に本に採用したものの何倍もの写真や、書や、すばらしい文章があり、それこそもう2冊、3冊のグラフができるほどの材料がありました。

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谷口清超先生の柔和な笑顔の写真を毎日、たくさん眺めながら、先生のご愛念と御徳を偲びました。

私が日本教文社に奉職したとき最初に担当したのが「谷口清超ヒューマン・ブックス」の第4巻『女性教室』で、それから20年余、このグラフを制作するめぐり合わせになったことに不思議なものを感じます。

私事ですが、「美」のセクションを作っているときに何度も思い出したことがあります。

先生が平成17年に体調を崩されてご静養生活に入られてから、クラシック音楽を愛好しておられた先生のお楽しみにと、フィンランドのピアノ音楽のCD(演奏・館野泉さん)をプレゼントさせていただいたことがありますが、あとで先生から、自筆でのお礼の言葉をメモで頂戴し、そのことが、今も忘れられません。

このグラフもまた、霊界にいらっしゃる先生の気に入っていただければ……と念じております。そして多くの方々が、このグラフを手にとって下さればと願っております。(T)

生長の家総裁 谷口清超先生の追悼グラフが8月20日(2009年)に発売になります。

平成20年10月28日、89年の偉大なご生涯を 閉じられ、霊界に天翔けられた谷口清超先生。本書は、平成20年12月17日に執り行われた追善供養祭の記録とともに、人類光明化運動・国際平和信仰運動の先頭に立って真理を宣布された先生のご業績とご生涯が、多数の未発表写真と主要なご著作からの文章で構成されています。尊師のご遺徳を偲び、後世にも語り継ぐための、全信徒待望の追悼グラフです。全ページフルカラー。

真・善・美を生きて―故 谷口清超先生追悼グラフ

監修=宗教法人「生長の家」(出版・広報部) 編集・発行=株式会社 日本教文社
フルカラー・菊判変形・並製・88頁 定価2500円

●付録DVD
「故 生長の家総裁 谷口清超先生追善供養祭の記録」
 平成20年12月17日・生長の家本部練成道場

詳しくはこちらをご覧ください。予約注文も出来ます。

2009NEW環境展」が5月26日〜29日の4日間、東京ビッグサイトで開催されており、最終日の29日に行ってきました。全国から491社が出展していて、それぞれが環境に関する製品や研究などをPRしていました。今回の環境展では、大学などの学術機関も参加しているとのことで、大学ではどのような環境への取組みを行っているのか興味があったので、お話を聞いてきました。

 まず、関東学院大学のブースへ行きました。関東学院大学の物質生命学科では、活性炭の開発研究をしているそうです。活性炭とは、微細孔を持つ炭素で、主にマツなどの木殻や、石炭・石油などの炭素物質を原料とし、その原料に高熱を与えるなどの処理を施すことで作られます。微細孔に多くの性質を吸着させる性質があるので、空気浄化や浄水に使用されています。

 関東学院大学では、タバコの吸い殻から活性炭を開発することに成功したそうです。有害なタバコから空気を清浄できる活性炭が作られたことに、とても驚きました。これは画期的で素晴らしいリサイクルだと思いました。

 次に、日本工業大学のブースへ行きました。こちらの大学では、学校全体で環境保全に取り組んでいます。ゴミの分別はもちろん、生ゴミのコンポスト化処理や、太陽光発電システムの構築など、様々な環境保全活動を実施しています。

 また、近年ではキャンパスの「エコミュージアム化」を図り、キャンパス内に点在している環境施設を展示物として、環境学習に役立てているそうです。その際に、キャンパス内の環境施設についての説明をしてくれる「エコミュージアム展示パネル装置」を開発したそうです。操作パネルにはそれぞれ施設ごとにボタンがあり、それを押すと、右下にあるモニターで音声付きガイドが流れます。どのような施設があって、どのようなものなのかがわかるので、環境学習にとても有益だと思いました。実際、多くの学生がこの装置に興味を持ち、操作しているそうです。

 今回、環境展に行ってみて、多くの企業が出展していて、環境への関心が高まっていることが感じられました。初めて環境展に行きましたが、それぞれのブースで、アイデア製品や研究を展示していて、とても興味深い展覧会でした。環境に優しい製品が世の中にもっと定着していけば良いなぁと思いました。(m*m)

「光のギャラリー 〜絵手紙・絵封筒展」が東京・大手町の「ていぱーく(通信総合博物館)」で2009年5月26日(火)〜5月31日(日)の6日間、開催されます。主催は、絵手紙や絵封筒が投稿できるサイト「光のギャラリー アトリエTK」を運営している小関隆史さんです。私は、できれば毎日楽しいことや良いことを考え、明るい気持ちでいれたら良いなぁと思っています。そのような時、日々の明るいことや良いことを、絵手紙や絵封筒という日常のものを使って表現することを謳っているサイトを見つけ、その展覧会があると聞いたので、今回、主催者の小関さんにお話を伺ってきました。

 まず、絵手紙・絵封筒展を開こうと思ったきっかけについて聞きました。
小関さんが運営しているブログ「光のギャラリー アトリエTK」では、小関さんをはじめ、読者の方からの投稿など、たくさんの絵手紙や絵封筒が掲載されています。

 小関さんは「インターネット上で、手軽に作品を見るのも良いけど、実物のほうが断然良い。色、質感など、パソコンの画面上で見るのとは全く違う。実際の作品は存在感が物凄くある。実物を多くの方々に見てもらいたい」という想いがあり、今回の展覧会を開催するに至ったそうです。

 絵手紙や絵封筒を描くようになって、小関さんは「今まで気づかなかったものに気づくようになった」といいます。木々や花、風景など、今まで見過ごしていたものに目がつくようになったそうです。そして感動する心が生まれたとのことです。

「本来、人は、ものを美しいなぁと思ったり、感動したりする心を誰でも持っている。皆その心は眠っているだけ。それが絵手紙や絵封筒によって開花するチャンスになるのです」という言葉が印象的でした。

 私自身、絵を見ることは好きですが、描くことは全くありません。でも今回、小関さんとお話してみて、「描いてみたい!」と思いました。時間に追われる毎日を過ごしていると、ちょっと立ち止まって、植物や風景に感動するという場面はなかなか無いもの。でも、「絵手紙や絵封筒の題材にする」という目的があれば、自然とそういう視点で見るようになって、まわりのものが美しくみれるようになるのではないでしょうか。たまには、のんびりと何かを描いてみるのも良いかもしれません。

 今回、展覧会期間中は毎日、ワークショップが開かれます。午前の部(10:00〜12:00)と午後の部(14:00〜16:00)があり、それぞれ2時間、講師の指導のもと、絵手紙や絵封筒を描くことができます。もちろん、まだ描いたことのない人にも、その良さをお教えしてくれます。芸術に触れる良い機会だと思うので、是非、足を運んでみてはいかがでしょうか。(m*m)

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「光のギャラリー 絵手紙・絵封筒展」に本日(5月27日)行ってきました。

 今回展示されている作品の数は、絵手紙が215点、絵封筒が74点だそうで、98名もの方が出品しています。ワークショップも行われており、今日は版画をやっていました。親切丁寧に講師の方が教えていて、初心者でも十分できそうな印象を受けました。


     
 今回の展覧会を見て、絵手紙は何を描いても良いんだなあ、という感じがしました。今まで絵手紙というものは、絵具や筆を使って描く、ちょっと渋いものを想像していましたが、全然そんなことは無く、クレヨンや鉛筆、パソコンのグラフィックを使ったものまであって、驚きました。題材も、風景や植物などはもちろん、人物やポップなアート調のものまで様々でした。様々な作品があり、とても楽しめる展覧会でした。(m*m)

 第3回エコビレッジ国際会議TOKYOが2009年4/24(金)〜26(日)に、東京都渋谷区にある東京ウィメンズプラザと、国連大学で行われ、そのうちの3日目に行ってきました。

 今回の一番の目的は、都内近郊のエコビレッジ居住者の話を聞くことでした。以前、テレビで東京都江戸川区にある“エコアパート花園荘”がとりあげられていたのを見たのですが、花園荘は賃貸アパートなのに家のすぐ目の前には5坪ほどの畑がついているという珍しい物件。こんなアパート見たことない!と衝撃を受けました。その花園荘の方々が今回出演すると知って、詳しいことを知りたいと思い、足を運びました。エコに関心はあるけど、あまり知識はない私にも理解できて楽しめる内容でした。

 花園荘の方々が出演したのは、「居住者大集合!エコビレッジ生活の実践者達」というプログラム。町田市のエコビレッジ鶴川、日暮里のコレクティブハウスかんかん森からも居住者の皆さんが集まりました。

 花園荘は目の前に畑があるという点がとても魅力的。更に皆さん、畑を通じて近隣の方と交流しているそうで、まるで田舎の近所付き合いのような生活を送っています。都会に住んでいながら、田舎のような生活ができる。自給自足ができて節約にもなります。自分で育てた野菜だから美味しさも格別でしょう。採りたての野菜を食べられるなんて都会ではなかなかできません。なにより、楽しそう!畑仕事をしながら、隣の住民と話したりしてコミュニケーションをとったり、収穫した野菜を使って皆でパーティをしたりしているそうです。

 さて、この花園荘、間取りは2DKG(GとはGardenのこと)で家賃は月々12万3000円。国産無垢材を使った天然住宅なので、有害な接着剤は不使用。身体に優しい造りになっています。それでこの値段はお得なのでは?ぜひ入居したい!という方々も多いようで問い合わせが殺到しているようですが、あいにく退去する予定の方はいないそうです。需要はかなりあるようなので、今後このようなエコアパートがもっと建築されたら良いと思います。楽しみながら、エコな生活をする、これが一番大切なことなのではないでしょうか。(m*m)




 12月(2008)新刊の、『「治る力」の再発見――自然治癒力を生む生命の原理』

 本書の制作中、毎日のように、著者・大塚先生と駅前のデニーズで打ち合わせしましたが、そのたびごとに、先生から、病気と「治ること」の不思議な関係の実話をたくさん伺いました。

 打ち合わせ中のそのお話だけでも、あと本が2、3冊作れるぐらいです。

 前回先生とお仕事したのは、5年前、先生と親交のふかいアメリカのラリー・ドッシー博士の『祈る力は、治る力』(日本教文社)を先生に訳していただいた時でした。

 その時から先生は、アメリカのホリスティック医学、統合医療、またアジアのさまざまな伝統医療の新しい動向について教えてくださり、実際に世界の各地を取材し、自然医学のキーパーソンたちに会って意見を交換してきた方でないと入手不可能な、私にはとても把握しきれないほどの情報を話してくださいました。

 そういう視点からすると、現在の西洋医学の長所と短所、また伝統医学のもつ大きなポテンシャルがよくわかり、「人間を傷つけず、人間の自然治癒力を高める医療」というものがこれから始まっていかなければならないのだと痛感しました。

 先生の治癒論では、特別な薬や手術よりも(それらを決して否定するのではありませんが)まず何よりも、「食」が人間の生命を養い、守る要(かなめ)となります。「食べ物」は、大地=地球の生命力を私たちの体にもたらします。

 それは特別に高価なものではなく、昔から日本人が日常的に食べてきたものばかりです。「食べることさえできれば、人間は決して死なないんだ」と先生は言われます。

   私事になりますが、『祈る力は、治る力』の校了後、ウイルス性胃腸炎になって水さえ飲むと吐くぐらいの状態になった私に、「え? こんな簡単なことで胃をガードできるの?」というヒントを教えてくださいました。食にはホントに絶大な力があります。

 この時のレシピは、本書第2部の4章の「ネパールで病に倒れる」で、先生ご自身がハードな旅のさなか、重い急性肝炎に倒れて40度の熱を出し、そこから自分で自分を治していかれた時のエピソードにつながるものです。

 大塚先生の本は、「これを飲めば/食べれば効く!」という、いろんな食べ物とか漢方薬とかサプリを紹介したハウツー書ではありません。どんな食べ物やサプリが必要か、それは個々人の「体質」やその時の状態によって変わります。ですから本書の冒頭で強調されているように、TVなどマスコミが宣伝するような「万能の健康法」というものは本当はありえないのです。

 本書はそうではなく、私たちの自然治癒力が働くための5つの根本原理(「食事」「心の状態」「呼吸」「運動」「姿勢」)とその深い相互関係を解き明かし、かつ、それらはみな私たちの「生きる力(生命力)」と直結しているがゆえに、いちばん肝心なのは、私たちがその「生きる力」=「治る力」を湧き上がらせるように日々を生きているかどうかということなのだと教えてくれます。

 ストレスや無気力やうつや不景気で絶望的になっている人は多いのですが、世界中の名もなく元気に健康に、幸せに生きる多くの人々を見てきた先生には、「生きること」自体への処方箋もよく見えているのだと思います。

 本書にはたくさん、太字の活字になった文章が出てきますが、それらは先生が「何としてもここは忘れないでほしい!」と情熱をもって伝えている、治る力を大きく育てるために必要なキモの知識です。

 書店の店頭で本書に出会われた方には、ぜひぜひページを開いて、その太字の文章だけでも目で追っていただきたいと思います。

 表紙のスイレンの写真のように、読者の方々の「治る力」が花開きますように! (HT)



 生長の家白鳩会総裁・谷口恵美子先生が久しぶりに本を出されました。それがこの詩画集『鏡の中に』です。先生は『白鳩』誌の創刊と共に詩を書き始められましたので、その詩も今年(2008年)で20歳を迎えたわけです。その間、『心の散歩道』『心の散歩道 その2』という2冊の詩集が生まれましたが、本書はそれ以後に書かれた詩118篇を収録した記念すべき3冊目ということになります。著者ご自身は今年の10月10日に85歳の御誕生日を迎えられますが、その日を期して上梓されるという点でも記念の一冊と言えましょう。

 また、今回は「詩画集」と銘打たれ、表紙カバーに素晴しい水墨画を寄せられているばかりではなく、本文中にも数々の自作の絵が鏤(ちりば)められ、その点でも、今までにない一冊となっています。

 この本の編集を進める中で、読者の代表のような気持ちで、編集者の私も絵の選定や配置など著者と一緒に考えさせていただき、まことに楽しく本作りができました。この本を読んで下さる方にはそんな楽しさもきっとおすそ分けできると確信します。

 ところで、著者は「あとがき」で、次のように語られます。

今回『鏡の中に』を読み返してみますと、この詩集に最も多く登場していますのは「母」でした。四季折々のこと、ふと街で出会ったことなど、その時々の想いを詩に託しているつもりでしたが、なつかしい母の姿が自然に浮かび、詩となっているのに気付きました。

 母とはもちろん夫の谷口雅春先生と共に、生長の家を何もないところから立ち上げられた谷口輝子先生のことです。この「あとがき」の何げない言葉が、本詩集の特色の一端をよく表わしていて、本書を繙(ひもと)いて頂ければ、著者が本書の中の一篇「鏡の中に」を書名に選ばれたお心もきっと感じて頂けると思います。詳しくは本のページを繰っていただく方のお楽しみということで、ここには書かないことにします。

 本書は、「大切なもの」「自然・いのち」「家族」「思い出」「父母」「夫婦」「人生」の七つの章からなっていますが、最後に、このブログを読んで下さった方に特別に一篇だけ紹介します。(辻)



検索といったら、おそらくグーグルか、ヤフーがよく使われるサイトではないでしょうか。そのグーグル(google)が「ブック検索」というサービスを始めています。

以下の画像をクリックしていただくとブック検索のページが出てくるので試してほしいと思います。


たとえば、「環境問題」と検索すると各出版社が出版している「環境問題」の本が出てきます。そして契約している本の中身がほんの少し見ることができます。

このブック検索に小社も契約し、今進めているところです。
そこで、このブック検索の窓を小社のホームページに入れるのはどうだろうかと、グーグルの担当者・佐藤陽一さんに連絡してみたら、親切にも説明に来てくれました。

せっかくきてくれたので、いろいろ聞いてみたところ、読者にはもちろん出版社にも利益になることがよく分かりました。日本に紹介しはじめて一年になるとのことですが、出版社にこのサービスのもっとよさを知ってもらえるのはこれからだろうとのことです。

同様のサービスでアマゾンが「なか見検索」というのを行なっていますが、こちらは直接販売につながるので出版社の理解も早かったとのこと。そういえば、小社も、こちらは一部ですでに行っています。「ブック検索」はアマゾンの「なか見検索」と異なり、メンバーにならなくても誰でも同じだけ見れるということが特徴だと思います。

さて、ブック検索ですが、実際にはアメリカとのやり取りも多いとのことで、当社の本をブック検索でご覧になれるのは、来年になるかもしれません。でも有望なサービスなのでぜひ試してみてほしいと思います。(わ)

 こんにちは。まもなくお盆ですが、小社でも今週後半は休みをとる社員がけっこういるようで、超うらやましいです。

 ご存じのようにお盆は、亡くなったご親族やご先祖の霊が帰ってくるのをお迎えする行事です。

 ところで、私が最近編集しました『もの思う鳥たち――鳥類の知られざる人間性<いのちと環境ライブラリー>』(笠原敏雄訳)のテーマは、鳥は人間と同様に「心」をもっているというものでしたが、鳥にも心があるのなら、人間みたいに霊というか魂を持っているかもしれないですね。

 そこで、私が以前に担当しました『ペットたちは死後も生きている』という本から、鳥たちの死後生存についてのふしぎな話をご紹介させていただきたいと思います。とくに2つめの話には、『もの思う鳥たち』に出てくるように、鳥は人間の言葉が理解でき、対話することができるということがさりげなく語られており、今回読み直してみて「やっぱりそうなんだ!」と思いました。

もの思う鳥たち――鳥類の知られざる人間性』をお読みになって、鳥たちと飼い主たちの交流のエピソードに感動された方々には、ぜひおすすめしたいと思います。


帰ってきたクロウタドリ

 ごく最近のことだが、別のクロウタドリが「陽の照り輝く世界」から帰って来た。

 一年かそれより前、片足の雌のクロウタドリがいつも私の「エサやり場」を訪れていた。ほかのクロウタドリたちはこの片足の雌鳥をよく攻撃するので、私はほかの鳥たちがじゃましたくてもできないよう守りに立ち、ほかの鳥たちから離れたところのポーチでその鳥にエサをやった。その鳥はたいへん私になつき、お気に入りのごちそうであるチーズを私の手から食べるのだった。ときには、自分から台所の床に落ちているパンくずを拾いに来た。

 その鳥はピョンピョンとしか跳ぶことができなかったので、私は「ホッピー」と呼んだ。日中いつでも庭に行って「ホッピー、ホッピー」と呼びさえすれば、どこにいても私のところにやって来た。

 酒好きがバーの開店時間を心得ているように、決まって朝七時には小さくちぎったパンがばらまかれているのをホッピーは知っていた。何かの理由で私が数分でも遅れると、ホッピーはポーチでドアをつついて「ピー! ピー! ピー!」と大声で鳴いた。

 そして新年早々のある日、ホッピーが姿を見せなかった。名前を呼んでも返事がない。何度も何度も庭に出ては呼んでみた。ついに、ひとつの可能性に行きついた。どこかの猫に襲われたに違いない。

 それから二週間かそこらたち、私が朝食を終えようとしていると、私の霊的な能力が聞き覚えのある声をキャッチした。「ピー! ピー!」

 霊視の目がとらえた、見事なまでにはっきりしたヴィジョンだった。ホッピーがお気に入りだった椅子のひじかけに止まっているのが見えた。ホッピーが私のほうにピョンピョンと跳んで来たとき、彼女の足が今はもう二本あることに気づいた。ホッピーはそんな自分を私に見せたかったのだろう。

 体の不自由さは地上だけにしか存在しないものだ。霊界における神の法則のもとでは、肉体の障害など存在しないのだ。(22-24ページ)


天国で愛する人たちと暮らすスズメ

 〔著者の親しい知人で、二人で一緒に暮らしていた動物好きの年配の女性のエピソードです〕

 ある日彼女らは、つばさが折れたスズメを見つけた。手厚く介護をし、何本かのマッチ棒でつばさを固定し、スズメが健康を取り戻すまで世話した。スズメは手からエサを食べ、たいそう馴れて、やがて仲間のもとに飛び立つよう言い聞かせても彼らのところを去ることを拒んだのであった。婦人たち二人はスズメにスパジーと名づけた。

(中略)

 ときたまスパジーは窓の外に突き出た棚にピョンピョン跳んで行き、こっちのほう、あっちのほうとあたりを見回した。騒音とせわしい混乱に満ちた外界の風潮など、自尊心の高い自分にはとても向かないと考えていたに相違ない。

 スパジーはこの家の居間でのほうがずっとくつろぐことができた。時々は、とくに鏡に映った自分を見つけて、たいへんうるさくさえずるが、大体はまるで独り言をいうかのようにきわめてやさしくチッチッと鳴くのである。彼女らはそんなスパジーを見るのが大好きだった。

 ときには、彼女らの肩に乗って、あたかも大事な秘密を二人に打ち明けているかのように声をごくひそめて話しかける。友人たちは、「ほんとう?」とか、「まあそうなの」と答える。するとスパジーはすっかりその気になって何度も賢そうにうなずいたり頭を傾げたりして、一所懸命に二人に話をした。それは本当に楽しい時間だった。そして私は、スパジーもまた彼女らと同じくらい楽しんでいたと思う。

 三年後、原因は結局わからなかったが、スパジーはこの世での羽毛におおわれた肉体と地上の献身的な友たちのもとを飛び去った。すべてのスズメたちが移り住む、目に見えない世界である霊界へと。ああ、私たちはみんな、スパジーがいなくなってどんなに寂しかったことだろう。

 スパジーは霊視でしばしば目撃されている。そして、スパジーを健康になるまで世話したやさしい婦人たちも魂の世界へ行ったので、彼女らは再びスパジーと一緒になった。私自身も彼女たちの姿を見ているし、ほかの何人かの霊媒もその姿を見ている。

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 今回は「鳥つながり」で2つのエピソードをご紹介しましたが、『ペットたちは死後も生きている』には、他の鳥たちの話や、ペットの犬や猫や馬と飼い主たちとの死を超えた心の交流の、感動的なエピソードがたくさん出てきます。

 ちなみに、「クロウタドリ(Blackbird)」の鳴き声は原書では「Quelp! Quelp!」となっており、訳者さんとの間で「クエルプ!」「クエルピー」(形容詞)という意味不明の新語がマイブームになりました。

 実際にはクロウタドリの鳴き声は「ピー」とか「チー」とか「クエルプ」ではとても表現できないほどフクザツで音楽的です。Youtubeでたくさん聴けますのでBlackbirdかAmselで検索してみてください。

 鳥たちのさえずり言葉や音楽的能力(歌唱と作曲)のすばらしさについては、『もの思う鳥たち――鳥類の知られざる人間性』の第4章「鳥たちの言葉」と第6章「鳥たちの音楽、職人的な技巧、遊び」をぜひお読みください。(HT)

「時事通信」(2008/08/07)によると、

世界の旅客便、6000万席減も=同時テロ直後上回る減少率−10〜12月期
 【ロンドン6日時事】原油高や世界的な景気減速を受けた需要低迷の影響で、世界の航空会社が今年10〜12月期に提供する旅客便の合計座席数が、前年同期比5969万席(7%)減の8億3185万席に落ち込む見通しであることが6日、明らかになった。旅行データ会社OAGが航空各社の計画に基づいてまとめた。  計画通りに減らされれば、米同時テロ発生直後の2001年10〜12月期(5%減)を上回る減少率となる。(2008/08/07-05:24)

 原油高や世界的な景気低迷のために、昨年(2007)に比べて世界の旅客便の数=飛行機に乗る人の数が大きく減少しそうです。しかもその減少率は、あの9・11テロ(2001年)の影響で海外への旅行客が世界的に減ったとき以上のものらしいです。

 この点について、昨年(2007)末に私が編集した本『地球を冷ませ!』(ジョージ・モンビオ著)で、ピークオイル(石油資源の枯渇)という観点からも温室効果ガスの面からも、「人間が飛行機に乗れない時代が来る」というハナシがあり、いささか過激な説だな〜と思ってました。

 しかし同書の著者モンビオ氏(英国の環境ジャーナリスト)が以下のように説明しているように、飛行機というのはすごく燃料食い(=温室効果ガス出しまくり)で、しかも自動車よりぜんぜんモデルチェンジが遅いことがわかります。その事実が上のようなニュースと重なると、彼の予言には大きな現実味が出てきたように思います……。

 以下でモンビオ氏が説明している、飛行機をめぐる状況は英国の資料をもとにしたものですが、大筋では、世界の航空業界全体についての予測と言ってもいいと思います。(『地球を冷ませ!』ジョージ・モンビオ著、第9章 「ラブ・マイルズ:人間は飛行機に乗り続けられるのか」他より)

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●飛行機と自動車とでは……●

  飛行機に乗ることで生じる環境への影響が、1人の人間によるその他の環境への影響を小さく見せてしまう理由が二つある。第一の理由は、飛行機によって移動できる距離〔が長いこと〕である。(……)
 1人当たりで比較すると飛行機の〔温室効果ガス〕排出量は車の約半分ということになる。

 しかし、車で移動する平均距離は年間約14800キロメートルで、これは飛行機なら1日でひとっ飛びの距離である。ロンドン〜ニューヨーク間を往復すると搭乗客1人当たりで、大ざっぱに1.2トンの2酸化炭素を排出する。

 この値はちょうど〔温室効果ガスの〕90パーセント削減が達成された際に私たち1人ひとりに割り当てられる1年間の排出量なのである。

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 生態系にやさしい台所用洗剤や洗えるおむつなどを購入している人もいるだろう。ところがそうした2酸化炭素の排出削減を1万倍にしても、飛行機に乗ってしまえばすべて帳消し、せっかくの努力も水の泡となる。


●省エネ飛行機は間に合うか?●

 航空交通の増加と炭素排出削減の必要性に折り合いをつける方法は二つある。ひとつは航空機の燃費を格段に上げること【というか自然に上がっちゃいましたね……】。もうひとつが新燃料である。

 英国政府の航空白書はこう述べている。

欧州航空調査諮問委員会(Advisory Council for Aeronautical Research in Europe)で合意された研究目標によれば、2020年までに2酸化炭素排出の50パーセント削減が達成可能である。

 この記述は英国下院環境監査委員会が指摘したように、意図的な錯誤である。調査諮問委員会が実際に述べたのは、その目標は純粋な願望であって、既存のタイプのエンジンを改良しても達成できないということである。目標達成には「飛躍的に進歩したテクノロジー」が必要だが、今のところそうしたテクノロジーは存在しないのである。

 現代の航空機の設計寿命を考えると、同委員会の「研究目標」は現実的な排出削減とはますます関係が薄くなる。飛行機の寿命は非常に長いのである。747ジャンボジェットが就航したのが1970年で現在もまだ飛行している。ティンダール気候変動研究センターでは新型エアバスA380も「じょじょに型は変化する」が2070年になっても現役、「旧来のエンジンに少しずつ改良を積み重ねただけの高圧・高バイパス比ジェットタービン・エンジン」を利用し続けているだろうと予測している。

 2020年までに50パーセント削減ということは、新たなテクノロジーを開発、設計、試験し、その技術を利用する航空機の認可を受けてから製造するだけでなく、既存の航空機をすべて廃棄し新型機に入れ替え、さらに航空会社はその既存航空機につぎ込んだ数百億ポンドを捨てなければならないのである。

 航空機のエンジンに関する限り、「飛躍的に進歩したテクノロジー」はまだまだずっと先のことになる。王立委員会は次のように報告している。

「基本的なガスタービンのデザインは1947年に登場した。このタービンは約50年間航空機エンジンの主力の座を維持しており、この状況が近い将来に必ず変化するといった気配は見られない」

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 省エネジェット機はそう簡単にできないし、世界中の飛行機の急速なスゲ替えは無理、じゃあどーすれば? 著者モンビオが推奨するのは、ナント、プロペラ飛行機と飛行船。のんびり〜というか理づめで考えた究極の策。

 終戦直前、各国のプロペラ軍用機は時速700キロぐらいのものができていました。今の技術で補完すれば、どんなのができるでしょうか。(現在の大型旅客機のルーツはボーイングB29とかの爆撃機でしたし)

 ちなみに「ラブ・マイルズ」というのは、「他国にいる(親戚や友人や恋人など)愛する人に会うための、いわば人間版のフードマイレージ(食べ物が産地から消費者にわたるまでの輸送距離)みたいなものです。
 
 愛する人に会うためにジェット燃料は温存しましょう! ということですね。(HT)

 『もの思う鳥たち――鳥類の知られざる人間性』(笠原敏雄訳)はお陰様で発売以来ほどなく重版がかかり、バクハツ嬉しいです。

 本書の企画時から私(担当者)が心に抱いていたのは、

 「鳥を好きな人はいっぱいいるから、鳥の心について(おそらく初めてまとまった形で)書かれたこの本の読者は必ずいる!」

 という予測というか願望と、

 「この本がたくさん読まれてくれれば、(鳥たちに人間のような心があることがわかるから)自然破壊で鳥たちのすみかがなくなったり、工場みたいなケージ飼育で鳥たちがオートメーション的にお肉になっていくことがそれだけ減っていくはずだ!」

 という、もう少しまじめな希望でした。

 本書で私がいちばん忘れられないのが、鳥たちの音楽の才能と、愛情のドラマですね。

 第8章に出てくるウィルソンという行動科学者が飼っていた、セキセイインコのブルーバードくん、ガールフレンドのブロンディーちゃん、そしてブルーバードの死後やってきたラヴァーくんのこと。

ブルーバードくんの音楽の才能(106ページより)

 ブルーバードは、自分で作曲した歌や、人間がつくった曲を歌うのが好き。セキセイインコの声で歌いますが、リズムとメロディーとテンポはちゃんとその通りに歌えます。

 ブルーバードが人間の音楽に目覚めたのは、生後四カ月の頃に、「ミスター・ブルーバード」という歌詞の入った曲(自分の名前と同じだとわかり、自分のことを言っていると思ったらしいです)、「ジッパ・ディー・ドゥーダー」を聴いた時だったそうです。

 これはディズニーの「南部の歌」の主題歌で、「♪まあ、何てすてきな日なんだろ……青い鳥〔ミスター・ブルーバード〕が肩に乗り……」という歌詞があります。

 このレコードがかかると、ブルーバードは歌詞の中の自分の名前に反応して、大きな声を出しながら、いかにも幸福そうにあたりを飛びまわりました。また、「ミスター・ブルーバードが肩に乗り……」のところにくると、曲に合わせてその歌詞を口ずさむこともあったそうです(!)。

ラヴァーくんの涙ぐましい愛(116-117ページより)

 ボーイフレンドのブルーバードが亡くなったあと、落ち込んでいるブロンディーをなぐさめるためにウィルソンが連れてきたセキセイインコのラヴァーくん。しかし、彼はブロンディーにはハナもひっかけてもらえず、それこそ徹底的に無視されます。彼の友だちは鏡とプードルのぬいぐるみだけ。

 しかし――ブロンディーが死んだ日、彼はまる1日、彼女の遺体といっしょに過ごし、テーブルの上に置かれた遺体のまわりをまわりながら、「かわいそうなブロンディーちゃん。かわいいブロンディーちゃん Poor littlle Blondie. Sweet little Blondie」と、言葉をかけていたそうです。泣けてきます〜。

 これ以外にも、巣作りや子育て、歌の練習、仲間との協力など、鳥がいかに人間そっくりな精神生活を送っているかのついてのエピソードがたくさんあるのですが、ここまで書いてすでに字数がこんなになってしまったので、本書と関連のある2冊の本のお話を。

 私は本書の仕事を終えてこれらの本と出会い、ほんとうにビックリしました。音楽ネタばかりですが、私は何せ音楽好きなのでご容赦ください。

鳥と人間との合奏

 映画にもなった、さそうあきらさんの名作マンガ『神童』(双葉社)。その第1巻・第2話「鳥のうた」。主人公の女の子「うた」が、窓から入ってきた小鳥の歌とピアノで合奏する感動的なシーンがあります。

オーケストラに合わせて歌う鳥たち

 『巨匠たちのラストコンサート』 (中川右介 、文春新書 636)という本に、イタリアの伝説的な指揮者アルトゥーロ・トスカニーニの話が出てきます。高齢になった彼を説得して、彼だけのためのオーケストラ(NBC交響楽団)を作るのでその常任指揮者に招こうとした人の話:

 かつてトスカニーニがニューヨーク・フィルでベートーヴェンの「第九」を振ったときに、そのラジオ放送を聞いたカナリアたちが、なんと第4楽章からラジオの前に集まってきて、一緒に合唱したというのです。その記事のことを聞いて感動した70歳のトスカニーニは、指揮者として復帰することになります。

 著者の中川さんはこの歌うカナリアの話を「とうてい信じられない」という感じで紹介されていますが、本書を読み終えたら、この話は100%真実であるとしか思えなくなってきます。

                 *    *   *

 本書がひとつのきっかけとなって、今後、「人間性」をもつ鳥たちについての研究が進み、私たちと鳥たちとの関係が、もっともっと愛情と尊敬に基づいたものに変わっていってくれればと思います。(HT)

 * 訳者・笠原敏雄先生のHP(「心の研究室」)

 さる2008年6月25日、イギリスの動物行動学者・生物学者のライアル・ワトソンさんが亡くなられました。

生命潮流』『風の博物誌』『未知の贈りもの』など多くの名著を残された博士。小社で20年前に刊行した著作『ス−パーネイチャー2』はこれまでに版を重ね(12刷)、科学と神秘の境界に魅せられた多くの方々に読まれ続けています。

 本書については思い出がありまして、15年前のこと、日販さんが出しておられた本の情報誌「Do Book」に、「ロングセラーの秘密」というコラムで記事を書かせていただきました。その記事を読んでくださった、当時の『ス−パーネイチャー2』の担当者だった編集者のTさんからオホメの言葉をいただき、すごく嬉しかったのを覚えています。先輩編集者さんが残して行かれたヒット本のレビューを書くというのはなかなかのプレッシャーなので。

 その記事の後半に、その後の博士の足跡を考えてもそんなにハズしてはいなかったかな? と思える、こんな文章があります。

「その後、本書〔『ス−パーネイチャー2』〕が版を重ねロングセラーになったのは、ワトソン氏自身の親しみやすいキャラクターや、彼の多くの本にみられるミステリー的な面白さ、ヒューマンな温かさもさることながら、自然の懐へ深く入り込んでいくことで超自然的世界へ到るそのアプローチが、ニューサイエンス、エコロジー、超心理学といったジャンルをこえて、(博士の相撲好きは別としても)日本人の心性にひろく訴えたことにあるような気がする。

 日本の読者がワトソン博士にもつ共感は、ひょっとすると古(いにしえ)の修験者、放浪の俳諧師、さらにはあの南方熊楠といった、自然の秘密と親しく交わる霊的フィールドワーカーたちへの共感につながるものではなかろうか。」

*                 *

 それから15年たって、私は意外なところでワトソン博士と再会することになります。私の担当した『自然は脈動する――ヴィクトル・シャウベルガーの驚くべき洞察 』という本の校了前に、ワトソン博士がその著作『アースワークス――大地のいとなみ』でシャウベルガーのことを取り上げているのを知ったのです。

「森の人」としての直感と、自然のいとなみの直接的観察からみずからの特異な科学大系を築いたシャウベルガーを、私はヨーロッパの南方熊楠ではないかと勝手に思っているのですが、シャウベルガーの本を見つけた自分の着眼点が、ワトソン博士と同じ線上にあることがわかって嬉しかったです。

*                 *

 10を超える学位を持ちながら、つねに「既知」と「未知」との境界に橋を架ける冒険的作業を行った博士のご冥福をお祈りします。つぎは、「向こうの世界」を探険するという大事業が待っているのかも? (HT)

光のギャラリー―絵手紙はWeb にのって 小関隆史監修 1500円


【作者へインタビュー】 今回は、小社の関係団体である生長の家の職員でもあり画家でもある、小関隆史さんに、今年(2008年)5月に監修された『光のギャラリー』(生長の家発行・日本教文社発売)についてインタビューした。小関さんは、絵画を通して心の交流のきっかけになればということで、絵手紙を中心にしたブログ「光のギャラリー アトリエTK」を運営している。その始まりは、関西で離れて暮らすお母様にお便りとして送っていた絵手紙をブログにアップしたことだそうだ。家庭では、奥様の他、一女、三男に囲まれた生活をしているとのこと。〈1965年京都市生まれ。1990年京都精華大学美術学部卒(日本画)。生長の家本部講師。生長の家芸術家連盟会員。〉

『光のギャラリー―絵手紙はWeb にのって』には、以下のような文章が載っている。

 絵てがみを描いて送るということは、相手を喜ばせるだけではなくて、自分自身の人生をも豊かにしてくれると思っている。身近な日用品、近所の家の軒先(のきさき)に咲く花、趣のある建物、子供たち…そうした普段は見過ごしがちな自分と触れ合う周囲の存在(もの)を、立ち止まって見つめ、その中に美しさや神秘さを見出すことは、今を生きる喜びにつながる。(本書57頁「絵てがみについて思うこと」)

●そこで、ブログを書き始めたきっかけと、ブログを書くことで得られた、あたたかいエピソードや良かったこと等を聞いた。



●次に、インターネット上にあるブログをなぜ本にしようと思ったのか、本にすることで広がる世界を尋ねた。



今回の作者の話を伺って、楽しいことがインターネットを通して、自然に広がっている感じがあって、とても新鮮なものを感じました。日頃、マスメディアに携わっているものにとって、ともすれば忘れがちな、書籍制作での純粋な取り組み方に改めて気づかせていただきました。この涼風がもっともっと広がっていくといいなあと思いました。(ひ)

こちらのページから本書の感想を募集しています。